1 月31
圧倒的閃き
僕は胸張って言う。僕は大人だ。「ちゃんとしなくてはならない」という定義を守れない、ちゃんとしてない大人だ。十代の頃にロックというものに夢を預け、その幻想に取り憑かれ、やがてそれが実は嘘だらけの世界だったということにも気づき、それでも本当のことは真ん中にありそうだと、実体のみえない何かにしがみついたまま、気がついたら28歳だ。
僕は宗教を馬鹿になんてしない。宗教信者を差別なんてしない。誰が何を信じたっていいと思う。だって僕は、ロック教の信者だ。僕は僕じゃない何かを信じる。僕の中にある何かは、僕だけのものじゃないと信じる。もしかしたら、誰かの中にもあるんじゃないかしらと、信じる。幼い頃に聴いたブルーハーツ。まだ小学校2年生だった弟と一緒に聴いたブルーハーツ。あの時ふたりで笑いながらブルーハーツを聴いた時、僕と弟は同じ感情になっていなかったか。あの瞬間ひとつになっていなかったか。2001年9月11日。あの時僕は別れたばかりの彼女と一緒にラブホテルの中にいた。決して高級ではない、少し古いラブホテル。その3階の部屋の中で、僕らはニューヨークの映像をみた。僕らは黙っていたけど、同じ感情になっていなかったか。僕らだけじゃない。あの瞬間、世界中の人たちと、まるでテレパシーのようなもので繋がった気がしたんだ。一瞬だけ。僕らは一瞬でもわかりあえる時がある。ひとつになる時がある。そしてすぐ、また別々になる。なんなんだろアレ。
次に会える時がいつなんだろうなんて、期待しない。そっちの方がいい。次に会う日を約束するのは「ちゃんとした大人」の人たちがすることだ。
ちゃんとした大人よりも、もっとちゃんとしたいと思う。だから、もっとちゃんとしてない大人になろう。
ロックを信じて、ロックなんてやめちまえと思って、またある時ロックが好きになって、それのくりかえし。ばかやろう。
ちゃんとした大人の皆さま、ありがとう。心から。
ロックの神様、ばかやろう。
(峯田和伸の☆がぶがぶDIEアリー 「恋と退屈」あとがきに代えて )
前、峯田和伸が言ってた。
曲をつくるとき、ある日突然、ロックの神様が降りてくるんだって。
俺も今、生まれて初めて経験した。
まさに今、企画の神様が降りてきたんだ。




