8 月08
おもしろき こともなき世を おもしろく
光井勇人、25歳と二日目。
今日は本当に素晴らしい出逢いにたくさん恵まれた、すごい一日だった。
自分と年齢が倍以上違う業界の大先輩や団塊の世代を本気で生きぬいた方々。
本気で生きてる大人って、自分達が知らないだけで、会っていないだけで、いるんだな。って実感した。
僕たちはテレビやメディアの伝える「団塊の世代」しか知らない。
実際に会って、お話して初めて、見えることがある。
本物は、本当にすごい。
本気で日本をよくしようとしている大人は、確かにいる。
たくさんの人とお話させて頂いたんだけど、いちばん印象に残っているのがこのくだり。
「おぬし、いくつだ?」
光「いやー、昨日で25歳になりました」
「おぬし、高杉晋作がいくつで辞世の句を詠んだか知ってるか?」
光「27です!!」(日本史は得意ッス)
「おぬしと二つしか違わないやないか!!!!」
光「はい!!」
「お前さんはなぜ今、日本にいる?」
光「日本で自分が今やらないといけない志があるから」
「吉田松陰しかり、あの頃の若者は罰せられると分かっていても、世界を見ようと海へ出た。
お前さんと同じ年齢の時、わしは世界にいた。世界中でネットワークをつくっていた。(つづく)」
ヒルトン東京のラウンジが閉まるまで、ずっと色々な話を聞かせてくださって。そして僕も色んな話を話して。
この方がどのくらい凄い人か自分なりに一応分かってるつもりだから、言葉一つ一つが重くて。
誕生日の翌日、たくさんのたくさんの叱を頂いた。でもそれに勝るエールはなかった。
日本史が世界史が授業で教えてくれない歴史。
日本史・世界史を通じて、時代が変わるその変革期に台頭してきたのは若者だった。
もちろん今と幕末では平均寿命の違いや時代背景も文化も全く違う。
ただ次代を担う若者の力が、その情熱が、時代と呼応した時、歴史は動いた。
そうやって歴史はつくられてきたし、これからもつくられていく。
高杉晋作の辞世の句
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
下の句は看病していた野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」とつけたと言われている。
本当に「心」次第で、人生は、きっと変わる。
そう確信した。




